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身土不二
明治30年代(1897~1906年)に陸軍薬剤監・石塚左玄が「食養道運動」で身土不二(人間の体とその土地は一つであるという意味)をスローガンとして使われたのが最初である。
彼が提唱する身土不二は「人間は、足の歩ける身近なところで育った自然の旬のものを食べて暮らせば、健康でいられる」と説いている。
食養道運動は西洋医学、栄養学(PFCバランス=タンパク質、脂肪、炭水化物のバランス)の否定を身土不二の考えに基づき展開した。
今では西洋医学、栄養学も日常生活の中にすっかり定着していますが、この頃の時代背景を考えるとそれなりの危機感があったのではないかと察します。
江戸時代は鎖国をしていましたが、その間自給率100%で3000万人が生活をしており、米を中心に魚と野菜による日本型の食文化が形成され長く定着していた。
文明開花、開国で幕を開けた明治も30年も経つと肉を中心とした西洋料理や食材が輸入され食の異変の始まりを目の当たりにした最初の先人たちです。
このままでは日本人の食生活や体も駄目になると考えた結果なのでしょう。現在は自給率は下がり、食事は欧米化して癌や成人病が増加しています。
食育の普及とともに身土不二の良いところを時代に合わせて取り込むような考えで注目されています。地産地消と身土不二は似通っており、同じ様な意味合いで言葉としては地産地消の方が使われる事が多く、互いの境界線は薄くなり区別しない傾向に成りつつあります。
政財界の援助により石塚説を啓蒙する団体として、食養会(大日本食養回)が結成され、後に会長の桜沢如一が興したマクロビオティックと有機農業・自然食品業界に石塚説が伝承され、健康食品販売の形も作られ現在の基本になっています。
投稿者 yamacyan : 2007年09月16日 23:19

